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第6話 トイレの個室に連れ込まれて…

Auteur: 秋宮千砂
last update Date de publication: 2026-05-28 20:00:00

 昼食を終えた後、メンバーたちは再びスタジオへ集められた。

 鏡張りの広い部屋。冷房は効いているのに、どこか空気が張り詰めている。

「ここからはユニットごとに分かれて練習してください」

 スタッフがそう告げると、自然と二つのグループに分かれていった。

 颯馬は、自分とは別ユニットになったそらと目が合う。

 そらは少しだけ寂しそうに笑った。

「颯馬くん」

「ん?」

「ユニット離れちゃったね」

 オレンジ色の髪を揺らしながら、そらが近付いてくる。

「ちょっと寂しいけど……お互い頑張ろうね」

 つぶらな瞳で真っ直ぐ見上げられて、颯馬は自然と笑った。

「おう。そらなら大丈夫だろ」

「えへへ」

 嬉しそうに頬を緩めたそらは、小さく手を振って自分のユニットの方へ戻っていった。

 その背中を見送りながら、水琴が横から肩を軽くぶつけてくる。

「颯馬くん、モテモテやなぁ」

「別にそんなんじゃねえよ」

「ほんまかなぁ?」

 からかうような声音。

 颯馬が「うるせえ」と返すと、彼方がすぐ横で吹き出した。

「はいはい颯水ごちそうさまでーす!」

「彼方くん、うらやましいんやろ?」

 水琴が笑いながら言うと、彼方が「そんなわけあるか!」とおどける。

 瞬多がパンパンと手を叩いた。

「はいはい、まずは真面目にやろかー。俺ら今日やること多いで!」

 このユニットのメンバーは、颯馬、水琴、龍也、彼方、瞬多、カゲトラ、凱。

 メンバーを見回して、颯馬は少し不安になった。

 クセ強いやつ多すぎないか?

「まずユニット名決めたいんやけど」

 瞬多がホワイトボードを持ちながら言う。

「いや先に曲聴こうぜ?」

 龍也が即座に口を挟む。

「名前とか後でいいだろ」

「でもユニット名あった方が配信映えするやん」

「知らねーし」

 早速空気が怪しい。

 凱が腕を組みながら龍也を睨みつけ、低い声で言った。

「お前さっきから否定ばっかだな」

「あぁ?」

「やる気ないなら帰れば?」

「は?」

 龍也の目つきが変わる。

 颯馬は内心で頭を抱えた。

 早い。揉めるのが早い。

 瞬多が慌てて間に入る。

「まあまあまあ!」

「凱っつったっけ? お前も体育会系ノリうぜーんだよ!」

 龍也が吐き捨てる。

 凱の眉間に青筋が浮いた。

「……もう一回言ってみろ」

 立ち上がる。

 身長189センチの圧迫感は凄まじかった。

 龍也も負けじと睨み返す。童顔ではあるが、吊り眉で吊り目の三白眼なので、なかなか凄みがある目力だ。

「なんだよ。やんのか?」

 空気が凍る。

 彼方が「うわやば」と呟き、水琴が小さく息を止めた。

 次の瞬間。

 凱が龍也の胸ぐらを掴みかけたところで、

「——待てって!」

 颯馬が二人の間に割って入った。

 大きな手で凱の腕を押さえる。

「落ち着け!」

「でもコイツ……!」

「カメラ」

 颯馬が小声で言った瞬間。

 全員の視線が、スタジオ天井の配信カメラへ向いた。

 沈黙。

 凱が舌打ちして手を離した。

「……チッ」

 龍也も視線を逸らす。

「……別に本気じゃねーし」

「いや絶対本気やったやろ」

 瞬多のツッコミに、彼方が笑いを堪えきれず吹き出した。

 険悪な空気が、少しだけ緩む。

 颯馬はほっと息をついた。

 ……先が思いやられる。

 その後、なんとか話し合いは再開された。

 ユニット名は「Chaos Noise」に決定した。

 次に、課題曲をスピーカーで流す。

 課題曲は2曲。ひとつは明るくキャッチーなメロディのアイドル曲寄りなダンスナンバー。

 もうひとつは、前奏にディストーションを効かせたギターサウンドを使った、クールかつハードなヒップホップだ。

 重低音の効いたトラックに、サビで一気に抜けるメロディ。

「うわ、難しそー!」

 彼方が頭を抱える。

 水琴はリズムを取りながら鏡の前へ歩いた。

「サビ、センター誰がいいかな」

「颯馬じゃね?」

 瞬多が言う。

「一番ダンス映えるし」

「いや、でも、皆だって……」

 颯馬が戸惑っていると、龍也がぼそっと言った。

「……まあ、颯馬が一番うまいのは認める」

 意外な言葉に、颯馬は少し驚いた。

 龍也は不機嫌そうに顔を逸らしている。

「ラップは俺がやる」

「いやいや、俺かてラップバトル優勝者やで?」

 瞬多が笑う。

 その時。

 部屋の隅で一人座っていたカゲトラが、無言で立ち上がった。

「どこ行くのぉ?」

 彼方が聞く。

「休憩」

 短く答え、スタジオを出ていく。

 凱が呆れたように息を吐いた。

「なんなんだアイツ。話し合いの最中だろうが」

「まあまあ。トイレにでも行きたかったんじゃねーの?」

 颯馬はそう言ったものの、少し気になった。

 結局、カゲトラは戻ってこなかった。

 フォーメーションや振り付けを大まかに決めたところで、自分たちも休憩しようということになった。

 庭に出て行った颯馬は、木陰で煙草を吸っているカゲトラを見つけた。

 長い黒髪に鋭い横顔、重そうな瞼。

 近寄りがたい雰囲気はあるが、どこか無理してるようにも見える。

 颯馬は隣に立った。

「なあ」

「……何」

 カゲトラは颯馬の顔も見ずに応じる。

「もしかして、人とつるむの嫌い?」

「………」

 返事はない。だが否定もしない。

「なら、なんでグループのオーディションなんか受けたんだ?」

 カゲトラの冷たい視線が向けられる。

「おまえには関係ないだろ」

「まあ、そうだけど」

 颯馬は苦笑した。

「でも仲間じゃん」

「……」

「話したくないならいいや。でも、困ってることとか悩みとかあったら何でも話せよな」

 カゲトラが鼻で笑う。

「話して何になる」

「話すだけでも気持ち楽になるよ」

 カゲトラはしばらく黙っていた。

 やがて、目を閉じて小さく息を吐く。

「……変なやつ」

「よく言われる」

 颯馬は笑った。

 カゲトラはそれ以上何も言わなかった。

------------

 一方、その頃。

 水琴は一人でトイレへ向かっていた。

 ドアを閉めた瞬間。

「みーくん」

 低い声。

 振り返るより早く、大きな手に腕を掴まれた。

「ちょっ……イッセイ!?」

 そのまま、3つある個室の一番奥へ引きずり込まれる。

 鍵が閉まる乾いた音が、狭い空間に響いた。

 個室の中、イッセイの長い両腕が逃げ道を完全に塞ぐ。彫りの深い端正な顔が、間近で水琴を見下ろしている。

「みーくん、いい加減、俺のこと避けるのやめてよ」

 薄い茶色の瞳に、執着めいた熱が宿っていた。

「ねえ、俺みーくんと前みたいな関係に戻りたい。颯馬なんてやめて俺にしなよ」

「イッセイ……今は配信中で——」

「ここにはカメラないだろ?」

 イッセイは低く笑い、水琴の顎を片手で掴んで固定した。  

 次の瞬間、強引に唇を重ねてくる。

「………!」

 水琴はイッセイの手首を掴み、引き剥がそうともがく。

 だが、力強い腕はびくともしない。

 深く、貪るようなキス。舌がすぐに水琴の唇を割り、口腔内を掻き回した。

「ん……っ」

 手のひらで胸を押しのけようとしても、イッセイの体は体重をかけて押しつけるように密着してくる。長い指が水琴のシャツの裾をまくり上げ、色白の腰を直接撫で始めた。

「相変わらず、肌すべすべだね……みーくん」

 熱い吐息が耳元にかかる。

 イッセイの手がさらに大胆に動き、水琴の胸の上をさすりながら、首筋に舌を這わせた。

「や……待って、イッセイ……」

「昔は水琴の方から、俺のこと欲しがってくれたよね?」

 イッセイは水琴の耳たぶを甘噛みしながら、片手で水琴のベルトに指をかけようとした。股間を上から撫でられ、水琴の体がびくりと跳ねる。

(こんなん……計算外や。こんなところで……)

 水琴は唇を噛んだ。頭の片隅では、颯馬の顔がチラついていた。  

「んっ……あ……」

 小さな声が、水琴の唇から漏れる。

 イッセイの手が、水琴のズボンの中に滑り込もうとした瞬間——

 ガチャッ。

 外の手洗いスペースで、誰かがドアを開ける音がした。

 続いて、隣の個室に入ってくる足音と、ドアが閉まる音。

 イッセイの動きが、ぴたりと止まった。

 水琴は息を殺したまま、力の抜けたイッセイの胸を押し返す。  

 イッセイは小さく舌打ちし、水琴の唇に最後に軽くキスを落としてから、ようやく体を離した。

 イッセイは黙ったまま水琴の髪を指で優しく整えてやる。  

 その仕草は優しいのに、瞳の奥にはまだ諦めていない執着が残っていた。

 イッセイは鍵を開け、先に個室を出ていった。水琴はしばらくその場に立ち尽くし、乱れた息を整えた。

(……厄介やな)

 きつく吸われた唇の腫れを指で触りながら、水琴は小さくため息をついた。  

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