LOGIN昼食を終えた後、メンバーたちは再びスタジオへ集められた。
鏡張りの広い部屋。冷房は効いているのに、どこか空気が張り詰めている。
「ここからはユニットごとに分かれて練習してください」
スタッフがそう告げると、自然と二つのグループに分かれていった。
颯馬は、自分とは別ユニットになったそらと目が合う。
そらは少しだけ寂しそうに笑った。
「颯馬くん」
「ん?」
「ユニット離れちゃったね」
オレンジ色の髪を揺らしながら、そらが近付いてくる。
「ちょっと寂しいけど……お互い頑張ろうね」
つぶらな瞳で真っ直ぐ見上げられて、颯馬は自然と笑った。
「おう。そらなら大丈夫だろ」
「えへへ」
嬉しそうに頬を緩めたそらは、小さく手を振って自分のユニットの方へ戻っていった。
その背中を見送りながら、水琴が横から肩を軽くぶつけてくる。
「颯馬くん、モテモテやなぁ」
「別にそんなんじゃねえよ」
「ほんまかなぁ?」
からかうような声音。
颯馬が「うるせえ」と返すと、彼方がすぐ横で吹き出した。
「はいはい颯水ごちそうさまでーす!」
「彼方くん、うらやましいんやろ?」
水琴が笑いながら言うと、彼方が「そんなわけあるか!」とおどける。
瞬多がパンパンと手を叩いた。
「はいはい、まずは真面目にやろかー。俺ら今日やること多いで!」
このユニットのメンバーは、颯馬、水琴、龍也、彼方、瞬多、カゲトラ、凱。
メンバーを見回して、颯馬は少し不安になった。
クセ強いやつ多すぎないか?
「まずユニット名決めたいんやけど」
瞬多がホワイトボードを持ちながら言う。
「いや先に曲聴こうぜ?」
龍也が即座に口を挟む。
「名前とか後でいいだろ」
「でもユニット名あった方が配信映えするやん」
「知らねーし」
早速空気が怪しい。
凱が腕を組みながら龍也を睨みつけ、低い声で言った。
「お前さっきから否定ばっかだな」
「あぁ?」
「やる気ないなら帰れば?」
「は?」
龍也の目つきが変わる。
颯馬は内心で頭を抱えた。
早い。揉めるのが早い。
瞬多が慌てて間に入る。
「まあまあまあ!」
「凱っつったっけ? お前も体育会系ノリうぜーんだよ!」
龍也が吐き捨てる。
凱の眉間に青筋が浮いた。
「……もう一回言ってみろ」
立ち上がる。
身長189センチの圧迫感は凄まじかった。
龍也も負けじと睨み返す。童顔ではあるが、吊り眉で吊り目の三白眼なので、なかなか凄みがある目力だ。
「なんだよ。やんのか?」
空気が凍る。
彼方が「うわやば」と呟き、水琴が小さく息を止めた。
次の瞬間。
凱が龍也の胸ぐらを掴みかけたところで、
「——待てって!」
颯馬が二人の間に割って入った。
大きな手で凱の腕を押さえる。
「落ち着け!」
「でもコイツ……!」
「カメラ」
颯馬が小声で言った瞬間。
全員の視線が、スタジオ天井の配信カメラへ向いた。
沈黙。
凱が舌打ちして手を離した。
「……チッ」
龍也も視線を逸らす。
「……別に本気じゃねーし」
「いや絶対本気やったやろ」
瞬多のツッコミに、彼方が笑いを堪えきれず吹き出した。
険悪な空気が、少しだけ緩む。
颯馬はほっと息をついた。
……先が思いやられる。
その後、なんとか話し合いは再開された。
ユニット名は「Chaos Noise」に決定した。
次に、課題曲をスピーカーで流す。
課題曲は2曲。ひとつは明るくキャッチーなメロディのアイドル曲寄りなダンスナンバー。
もうひとつは、前奏にディストーションを効かせたギターサウンドを使った、クールかつハードなヒップホップだ。
重低音の効いたトラックに、サビで一気に抜けるメロディ。
「うわ、難しそー!」
彼方が頭を抱える。
水琴はリズムを取りながら鏡の前へ歩いた。
「サビ、センター誰がいいかな」
「颯馬じゃね?」
瞬多が言う。
「一番ダンス映えるし」
「いや、でも、皆だって……」
颯馬が戸惑っていると、龍也がぼそっと言った。
「……まあ、颯馬が一番うまいのは認める」
意外な言葉に、颯馬は少し驚いた。
龍也は不機嫌そうに顔を逸らしている。
「ラップは俺がやる」
「いやいや、俺かてラップバトル優勝者やで?」
瞬多が笑う。
その時。
部屋の隅で一人座っていたカゲトラが、無言で立ち上がった。
「どこ行くのぉ?」
彼方が聞く。
「休憩」
短く答え、スタジオを出ていく。
凱が呆れたように息を吐いた。
「なんなんだアイツ。話し合いの最中だろうが」
「まあまあ。トイレにでも行きたかったんじゃねーの?」
颯馬はそう言ったものの、少し気になった。
結局、カゲトラは戻ってこなかった。
フォーメーションや振り付けを大まかに決めたところで、自分たちも休憩しようということになった。
庭に出て行った颯馬は、木陰で煙草を吸っているカゲトラを見つけた。
長い黒髪に鋭い横顔、重そうな瞼。
近寄りがたい雰囲気はあるが、どこか無理してるようにも見える。
颯馬は隣に立った。
「なあ」
「……何」
カゲトラは颯馬の顔も見ずに応じる。
「もしかして、人とつるむの嫌い?」
「………」
返事はない。だが否定もしない。
「なら、なんでグループのオーディションなんか受けたんだ?」
カゲトラの冷たい視線が向けられる。
「おまえには関係ないだろ」
「まあ、そうだけど」
颯馬は苦笑した。
「でも仲間じゃん」
「……」
「話したくないならいいや。でも、困ってることとか悩みとかあったら何でも話せよな」
カゲトラが鼻で笑う。
「話して何になる」
「話すだけでも気持ち楽になるよ」
カゲトラはしばらく黙っていた。
やがて、目を閉じて小さく息を吐く。
「……変なやつ」
「よく言われる」
颯馬は笑った。
カゲトラはそれ以上何も言わなかった。
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一方、その頃。
水琴は一人でトイレへ向かっていた。
ドアを閉めた瞬間。
「みーくん」
低い声。
振り返るより早く、大きな手に腕を掴まれた。
「ちょっ……イッセイ!?」
そのまま、3つある個室の一番奥へ引きずり込まれる。
鍵が閉まる乾いた音が、狭い空間に響いた。
個室の中、イッセイの長い両腕が逃げ道を完全に塞ぐ。彫りの深い端正な顔が、間近で水琴を見下ろしている。
「みーくん、いい加減、俺のこと避けるのやめてよ」
薄い茶色の瞳に、執着めいた熱が宿っていた。
「ねえ、俺みーくんと前みたいな関係に戻りたい。颯馬なんてやめて俺にしなよ」
「イッセイ……今は配信中で——」
「ここにはカメラないだろ?」
イッセイは低く笑い、水琴の顎を片手で掴んで固定した。
次の瞬間、強引に唇を重ねてくる。
「………!」
水琴はイッセイの手首を掴み、引き剥がそうともがく。
だが、力強い腕はびくともしない。
深く、貪るようなキス。舌がすぐに水琴の唇を割り、口腔内を掻き回した。
「ん……っ」
手のひらで胸を押しのけようとしても、イッセイの体は体重をかけて押しつけるように密着してくる。長い指が水琴のシャツの裾をまくり上げ、色白の腰を直接撫で始めた。
「相変わらず、肌すべすべだね……みーくん」
熱い吐息が耳元にかかる。
イッセイの手がさらに大胆に動き、水琴の胸の上をさすりながら、首筋に舌を這わせた。
「や……待って、イッセイ……」
「昔は水琴の方から、俺のこと欲しがってくれたよね?」
イッセイは水琴の耳たぶを甘噛みしながら、片手で水琴のベルトに指をかけようとした。股間を上から撫でられ、水琴の体がびくりと跳ねる。
(こんなん……計算外や。こんなところで……)
水琴は唇を噛んだ。頭の片隅では、颯馬の顔がチラついていた。
「んっ……あ……」
小さな声が、水琴の唇から漏れる。
イッセイの手が、水琴のズボンの中に滑り込もうとした瞬間——
ガチャッ。
外の手洗いスペースで、誰かがドアを開ける音がした。
続いて、隣の個室に入ってくる足音と、ドアが閉まる音。
イッセイの動きが、ぴたりと止まった。
水琴は息を殺したまま、力の抜けたイッセイの胸を押し返す。
イッセイは小さく舌打ちし、水琴の唇に最後に軽くキスを落としてから、ようやく体を離した。
イッセイは黙ったまま水琴の髪を指で優しく整えてやる。
その仕草は優しいのに、瞳の奥にはまだ諦めていない執着が残っていた。
イッセイは鍵を開け、先に個室を出ていった。水琴はしばらくその場に立ち尽くし、乱れた息を整えた。
(……厄介やな)
きつく吸われた唇の腫れを指で触りながら、水琴は小さくため息をついた。
数か月後。 ステージ袖まで届く歓声を聞きながら、颯馬は衣装の裾を引っ張った。 何度確認しても、特に乱れているところはない。それでも手持ち無沙汰になると、つい触ってしまう。「颯馬、さっきからそれ何回目?」 彼方に指摘され、颯馬はようやく手を離した。「そんな触ってた?」「めっちゃ触ってる。緊張してる?」「してないとは言わない」「俺はしてる!」 彼方は隠す気もないらしく、両手を広げてみせた。「ヤバい、めちゃくちゃ楽しみ! 早く出たい!」「お前のそれ、緊張ちゃうやろ」 瞬多が笑いながら突っ込む。「遠足前の小学生やん」「昨日ちゃんと寝たし」「そういうとこまで小学生やな」「うるさいな!」 二人のやり取りを聞きながら、凱が大きな声で笑う。 少し離れたところでは、龍也がイヤーモニターをつけたり外したりしていた。「これ、ちゃんと聞こえてるよな?」「さっき確認しただろ」 カゲトラが言う。「でも急に壊れるかもしれねえじゃん」「本番前に何回確認しても、壊れる時は壊れる」「そういうこと言うなよ!」 龍也が振り返る。「余計緊張すんだろ!」「自分から聞いたんだろ」「お前さあ!」「二人とも、本番前に喧嘩するなって」 颯馬が止めると、龍也が「こいつが変なこと言うからだろ」と訴えてくる。 この光景にも、もうすっかり慣れてしまった。 あの離島で初めて七人のユニットに分けられた頃は、こんなふうになるとは思っていなかった。 七人は今日、オーディション候補生ではなく、一つのボーイズグループとしてステージに立つ。 Top of the rainbow。 それが、自分たちで考えたグループ名だった。「そういや
その頃、最終審査ライブの生配信では、本番が終わったあともコメントが途切れることなく流れ続けていた。@miu_39水琴くん途中から足庇ってなかった??? 大丈夫???@kyoto_luvやっぱりみーくん怪我してたよね? 結果発表のあとずっと座ってたし心配すぎる@7iro_star水琴、最初の曲は普通だったのに二曲目ちょっと動きおかしかった気がする。最後まで踊り切ったのすごいけど無理してたよね?@pinkmoon_05みーくん合格めちゃくちゃ嬉しいけどまず病院行って😭@somakoto_forever颯馬と水琴ずっと応援してきて本当によかった。二人とも名前呼ばれた瞬間普通に泣いたし、最後ずっと手を繋いでて尊かった❤@blue_sky728最初はBL営業おもしろwくらいで見始めたのに気づいたら二人とも本気で応援してた。30日間見てきてよかった@SOMA_1pick颯馬に投票しました。仲間思いで、最初から最後まで周りを見て動けるところが好きだった。デビューおめでとう@mikoto_1pick私は水琴に入れた! 歌もダンスも表情も全部好きだけど、この30日でどんどん仲間を大事にするようになったのが一番の理由@ryuya_beat龍也に投票した!! ラップとボイパで一発で好きになった。名前呼ばれた瞬間叫んだ@kanata_runrun彼方くんに一票! パフォーマンス中の楽しそうな顔が好きすぎる。見てるこっちまで楽しくなる@shunta_oshi瞬多に投票しました。ラップももちろんだけど、合宿中ずっと空気を明るくしてくれて
巨大スクリーンに七人の顔と名前が並んでも、颯馬にはまだ現実味がなかった。 水琴の手を握り、龍也たちに背中を叩かれ、何万人もの観客から名前を呼ばれている。 それでも、自分が明日から「デビューする側の人間」になるという事実だけが、身体から少し離れた場所にあるようだった。 やがて颯馬は、少し離れた場所に立つ五人に目を向けた。 日和は拍手をしていた。 いつもの穏やかな笑顔を保とうとしているのに、目からは次々と涙が落ちている。 隣にいたミンソクが肩を抱くと、とうとう顔を伏せた。 響は唇を強く噛んでいた。泣くまいとしているのか、何度も瞬きをしている。 まひろは最初から隠そうともせずに泣いていた。「悔しい……マジで悔しい……」 それでも両手を叩き続けている。「でも、おめでとう……ほんとに……」 イッセイはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると水琴を見た。 目が合う。 イッセイは何も言わず、笑って拍手を送った。 水琴の目から、また涙が溢れた。 颯馬は自分が合格した喜びだけに浸っていられなくなった。 この一か月、十四人で同じ場所を目指してきた。 そのうち二人は、自分たちのしたことによって最後の舞台から姿を消した。 そして今ここにいる十二人のうち、七人が選ばれ、五人は選ばれなかった。 最初から分かっていたことなのに、名前が読み上げられてしまえば、その境界はあまりにもはっきりしていた。 結果を読み上げた男性が一礼してステージを去ると、炎が十二人の前に立った。『まず、十二人ともお疲れさま』 炎は候補生たちを見渡した。『結果は出ました。選んだのはここにいるお客さんたちと視聴者のみんなです。でも、俺からも最後に少しだけ話をさせてください』 会場が静まって
結果発表の時刻が近づくと、候補生たちは再びステージ袖に集められた。 そこに、そらと葉月の姿はない。 水琴は救護スタッフから足をつかないよう念を押され、ステージ袖までスタッフに車椅子で運ばれてきていた。結果発表中も無理に立たせないことが決まり、舞台上には水琴用の椅子が用意されている。「ほんまにこれで出るん?」 水琴が車椅子を見下ろして苦笑する。「歩くよりいいだろ」「ステージ出る直前までこれって、なんか恥ずかしいわ」「血まみれの靴で二曲踊った人が今さら何言ってんだよ」「それとこれとは別やん」 いつもの調子で返してくる声に、颯馬は少しだけ安心した。 けれど水琴の手は、膝の上で強く組まれていた。 颯馬自身も同じだった。 結果が出る。 三十日間の合宿も、東京に戻ってからの練習も、今日のステージも、すべてに答えが出る。「緊張するなあ」 彼方が両手を擦り合わせる。「ライブより緊張する」「分かる。踊っとる時は自分でなんとかできるけど、もうなんもできへんからな」 瞬多が客席側を見た。 龍也は落ち着きなく何度もその場で足を動かしている。「まだ?」「じっとしろよ」 凱に言われても止まらない。「無理。こうしてないと死ぬ」「死なねえよ」「分かんねえだろ」「結果待ちで死んだ奴聞いたことないぞ」 彼方が吹き出した。 その少し離れたところで、カゲトラだけは壁にもたれて黙っていたが、組んだ腕の指先が一定の間隔で動いている。 颯馬はそれを見て、カゲトラも緊張するのだと初めて知った。「炎さん、ステージ入ります!」 スタッフの声が飛んだ。 十二人の表情が変わる。 モニターには、再びステージへ向かう炎の後ろ姿が映っていた。
炎のライブ後半、最後の曲が終わった。 ステージを覆っていた照明が落ち、炎が深く頭を下げると、ドームを満たす拍手と歓声が舞台裏まで届いた。 このあとには審査結果の発表があり、その後、炎はアンコールでもう一度ステージに戻る予定になっている。そのため、いったん短い休憩が設けられていた。 救護室で再度処置を受けた水琴は、足を床につけないよう椅子に座っていた。「ほんまにもう血ぃ止まったって」「だからって歩くなよ」「颯馬くん、今日それ何回言うん?」「みーが何回も無茶するからだろ」 そのやり取りを聞いていた彼方が笑う。「颯馬、今日は水琴のお母さんみたいになってるよ」「恋人通り越しとるやん」 瞬多まで加わり、水琴が吹き出した。 いつの間にか、二人の関係がBL営業ではなく実際に恋人だということは、メンバー内では公認になっていた。 流出映像の件はノーコメントで貫いているが、颯馬も水琴も、恋人同士のように言われたところでもう否定はしない。「俺の方が風呂掃除うまくできるけどな」「そこ張り合うところ?」 龍也が呆れたところで、ステージ側から歓声がひときわ大きく聞こえた。 炎が舞台を降りてきたらしい。 颯馬が廊下の先を見ると、汗を拭きながら歩いてきた炎にスタッフが駆け寄っていた。 何かを耳元で伝えている。 炎が足を止めた。 別のスタッフがタブレットを差し出す。 画面を見た炎の眉が寄った。 さっきまで何万人もの観客を沸かせていた人間と同じとは思えないほど、その表情が変わる。「……何かあったのかな」 彼方も気づいたらしい。 炎はタブレットを操作し、映像らしきものを何度か確認していた。 やがて顔を上げる。「そら呼んできて」 近くにいたスタッフへ告げた。 颯馬は水琴と顔を見合わせた。「そら?」
二曲目の最後の音が鳴り止んだ。 七人で決めた最後のポーズを崩さないまま、颯馬は荒い呼吸を整えようとした。照明の熱で額から汗が流れ、衣装の背中は肌に張りついている。 一瞬遅れて、客席から歓声と拍手が押し寄せた。 何万人もの声が重なり、足元のステージまで震えているようだった。 やり切った。 島で何度も繰り返し、東京に戻ってからも細部を直し続けた二曲を、最後まで七人で踊り切った。 颯馬が隣を見る。 水琴も笑っていた。 いつもの、人目を引く華やかな笑顔だった。 けれど次の瞬間、その身体がわずかに傾いた。「水琴?」 颯馬が近づくより先に、水琴は体勢を戻した。 まだステージの上だ。 客席から見れば、少しよろめいた程度にしか見えなかったかもしれない。 七人で並び、観客に向かって頭を下げる。『ありがとうございました!』 声を揃えた。 再び大きな拍手が降ってくる。 水琴は最後まで笑っていた。
土曜日の朝。 颯馬がまだ寝ていると、ベッドの外から騒がしい声が聞こえてきた。「海行こうぜ海ーっ!!」 彼方の声だ。おかげで目が覚めてしまった。「朝から元気だなぁ……」 日和が眠そうに呟く。 颯馬がカーテンを開けると、部屋の中はすでに休日モードになっていた。そらはオレンジ色の髪を揺らしながら水着姿ではしゃいでいるし、彼方はシュノーケルを振り回している。「颯馬くん! 早く準備して!」「お前ら早すぎだろ……」 まだ頭がぼんやりしている。 その時。「おはようさん」 水琴がベッドのカーテンを開けた。 オーバーサイズのタンクトップは襟が大きく開いていて、鎖骨や胸元があらわになっ
合宿三日目の朝。 沖縄の強い陽射しが、ダイニングの大きな窓から差し込んでいた。「はい、今日は掃除当番決めるからなー!」 瞬多がホワイトボード片手に声を張る。 朝食を食べ終えたメンバーたちは、リビングに集められていた。「はあ? 掃除なんて面倒くせーことやりたくねえし」 龍也が短く刈り上げた金髪の後頭部を掻きながら、不満そうに唇を尖らせる。 それを嗜めるような声音で、瞬多が説明する。「せやけど、この合宿所には掃除してくれるスタッフはいてへんやん。寝室は各自でやればええけど、お風呂やトイレなんかの共用スペースは誰がやるか決めなあかんやろ?」 そこで一旦言葉を区切り、目線で響やミ
画面に映るのは、沖縄の離島にある豪華な合宿所のリビング。夜8時を少し回った頃だった。 この『炎プロジェクト』は、予選からテレビの深夜番組でまとめ放送されていたため、すでに一定のファンがついていた。最終選考の離島合宿が24時間生配信されるようになってからは、特に若い女性層の視聴者が急増している。 現在の同接数は約8,200人。コメント欄がほどよい速度で流れ続けていた。 大きなL字型ソファーの中央に、成田颯馬と桐生水琴の姿がはっきりと映し出されている。水琴が颯馬の肩に軽くもたれかかり、ピンクがかった金髪が颯馬の黒いTシャツに触れていた。【コメ
桐生水琴は自分のベッドのカーテンをそっと閉めた。 隣のベッドからは、すでに穏やかな寝息が聞こえてくる。 成田颯馬——引き締まった筋肉質な体格で、笑うと爽やかになるその顔が、今はカーテン一枚隔てただけで眠っている。 水琴は目を閉じず、カーテンの裏側をじっと見つめていた。部屋の明かりはすでに落ち、ただ小さなナイトライトだけが淡く透けて見えている。(……ようやく、始まったな) 六年前の記憶が、静かに蘇る。 水琴の兄・桐生実嗣は、当時二十一歳だった。水琴と同じく子役から俳優業を続けていた。 水琴がまだ十五歳の頃、兄は炎プロダクションの社長・緋崎炎と恋人関係になった。 炎は中性的